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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

お前の親指を買いたい

                      ≪十月六日≫    ―壱―

バスの中で夜を迎えた為、十月八日の朝、イスタンブールの街にてこれを記している。
十月六日、相部屋の毛唐共が、旅の支度をする音で目が覚めた。
話を聞くと、俺とは反対に、これからイランへ向かうと言う。
ルームキーが壊れているので、少々荷物が心配なのと、午前中は街全体がひんやりとしていて、寒い外へ出て行く気がしないだけのことである。
少々臭くて、汚いながらも、温もった布団の中は天国なのであるのと、旅の疲れからだろうか、ボンヤリとしている時間が、なんとも心地よいのだ。

まるで地下室のような宿を、正午少し前にチェックアウトする。
受付(とは言っても、小さな小汚い机が一つ置いてあるだけの・・・・それも、なんともだらしない格好をした親父が、一人立っているだけの受付けなのだが)に行くと、愛想の良い親父が、ニコニコしながら、現地の言葉で何か喚いている。
喚いているように俺には聞こえるのだが。
なんと言っているのか分らないまま、ニコニコして近づくと、汚い大きな手を差し出してきた。

ゴツゴツとした大きな手と握手して、チェックアウトを無事済ませる。
相変わらず重たいバックパックを肩に担いで、腹ごしらえと表のレストランに入った。
もうすでに、四五人の現地の人達が食事をしている真っ最中だ。
入り口に一番近いテーブルに腰を下ろす。
パンと肉団子のような料理を注文する。

気持ちよく、食事をしているところへ、二人の現地人が、数羽の鶏の足を掴んで(もちろん、鶏は逆さ吊り)、レストランの前で叫んでいる。

おっさん「この元気な鶏は要らんかね。」
主人 「・・・・・。」
おっさん「どうだいこの鶏は、肉付きも良いし美味そうだろう!」

おっさん、レストランの主人と商談を始めた。
鶏は、逆さまに吊るされているので、バタバタともがいている。
もうすぐ、殺されて食べられるって言うのが分っているのだろうか、顔を真っ赤にして?助けを求めているようだ。
そんな様子を、食事中に見せられて、食欲が減退してくるのが分る。
”勝手口でやって欲しいよな、商談。”と、心の中で叫んでいる。

鶏を逆さ釣りにしているおっさん。
そんな俺の心配をよそに、店先から離れようとしない。
こちらの人種は、もがいている鶏を見ると、食欲が湧いてくるらしい。
俺にとっては、どうも原型を見せられると、食べる気がしなくなるのに、困ったもんだ。
インドでも、アフガニスタンでも、山羊だろうが豚だろうが、皮を剥ぎ取った姿のまま、あるいは首をちょん切って血が滴っているものを、平気で店先に吊るして打っている姿を良く見てきた。
なんとも残酷な姿ではあるが、日本でも魚の活き造りをしているのだから、同じ残酷な事をしているということだろう。

とうとう、食事中には商談が決まらずに、食事もそこそこに退散することになる。
太陽はもう中天に位置している。
午前中とは違って、暖かい陽ざしが町を包んでいる。
すぐ近くにあるバスオフィスに入り、ソファに腰掛けて待つ。
あれだけ目にしていた毛唐の姿をもう見ることはない。
朝早く、鉄道でイスタンブールに向かったようだ。

                      *

   オフィスの中で座っていると、誰もいなかったオフィスに、三四人の若いトルコ人が入ってきた。
 手には現地の楽器を持っている。
 日本で見る、琵琶のような楽器で、演奏をし始めたではないか。
 なかなか見事なもので、聞き惚れていると、そのうちの一人が俺の方に近づいて来る。
 俺の持ち物を見て言った。

       青年「いくらだ?」
       俺 「???」
       青年「売る気はあるのか?」
       俺 「・・・・??」
       青年「いくらだ!ちょっと見せてくれ!」

   100円ライターのようだ。
 値段を言う前に、トルコ・リラを差し出してきて、俺の100円ライターを返そうとしない。

       青年「俺はお前からこれを買った。これは俺のもので、そのトルコ・リラはお前のものだ。」

   結局、火付きの悪い100円ライターを、10TL(≒225円)で売るはめになってしまっていた。

       俺”儲けた。”

   トルコ青年に調子を合わせていると、、バッグの中まで見せろと言って来るのには参ってしまった。

       俺 「もう売るものはないよ。」
       青年「お前の親指を、200$で買うが、俺に売らないか?」

   そういうと、ナイフを取り出した。
 トルコ青年は、自分の親指を机の上で、切る真似をして見せるではないか。
笑っている。
 なんとも、退屈しない若者だ。
 彼らの相手をしていると、時間の経つのも早いもので、いつの間にか数時間が過ぎていた。

       青年「そろそろ、バス・ガレージに行け!」
       俺 「バス・ステーションはオフィスの前なのか?」

   なんと、タクシーの手配までしてくれているではないか。
 オフィスの前にタクシーが停まる。

       青年「あのタクシーで、バス・ガレージまで行け!」

   ニコッと笑って、手を振る青年。
 なんとも愉快な青年だ。

                        




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